役者用基礎トレーニング

基礎トレーニングとは、芝居に必要な身体能力の向上を目指すことです。

必要な身体能力とは

姿勢,

持久力,

発声

とします。

姿勢とは.....
その人が本来持つ,身体動作の癖を取り去った状態をいいます。
持久力とは.....
適切な身体動作により,体力消費時のロスを減らすことです。
発声とは.....
劇場に対応しつつ,演技の表情に応じた声の大きさを,コントロールすることです。

 この3つのための,訓練方法とその医学的理由を考察していきたいと思います。

姿勢

 演技を構築していく上で,役者個人の持つ癖を取り去る必要があります。誰が見ても癖のない状態を土台にして,役としてのキャラクターを積み上げていくことが理想だと思います。医学的に、癖のない状態をつくるための筋肉は何かという事と,その筋肉を発達させ,そのうえで人前に立てる体型をつくるための訓練方法が必要となります。まず,体の各所の筋肉とその働き,訓練方法と基本である立位姿勢をマスターして下さい。
 
 

筋肉と働き


上半身

大胸筋

僧帽筋
腕を挙げて前に出したとき,腕を安定させるために必要です。腕を振り回したときに,体幹がブレなくするためにも必要な筋肉の一つです。また,胸全体の形を形成しています。
主に肩甲骨を動かす筋肉です。腕全体の動作を安定させて,体幹がブレなくするためにも必要な筋肉の一つです。

腹直筋

広背筋
体を前に曲げるための筋肉ですが,背骨に体して体の前方を支える働きをしています。そのため全身運動を統一させ,体位を保持します。
また腹腔の容量を変化させることで横隔膜を上下させ,腹式呼吸を促します。
お腹そのものの形を形成しています。
腕を体に引き付ける筋肉です。背筋力のメインにもなり,背骨の動きをサポートし,姿勢保持には特に重要な筋肉です。
背中の輪郭を形成しています。

            外腹斜筋
体を斜め横に曲げるための筋肉ですが,腹直筋を左右から保持して全身運動の安定をサポートします。

下半身
大臀筋
脚全体を後に挙げるため歩行時の,または重心移動の時の,体を前に蹴り出すのに,重要な筋肉です。
臀部の形を形成します。

大腿四頭筋

大腿二頭筋
腿を挙げたり,膝を延ばすための筋肉です。特に大きい動きのときの脚の動作に重要です。
膝を曲げるための筋肉で,体を前方に移動させます。
歩行や初動作を安定させます。
髀腹筋(ふくらはぎ)
爪先立ちをする時に働く筋肉です。ジャンプしたり,体を前に蹴りだしたりする時にも働きます。ふくらはぎの形を形成します。

長内転筋
膝頭を内側にに向ける筋肉です。立位の姿と動作の安定に重要です。
            大内転筋
長内転筋とほとんど同じ働きですが,もう少し複雑な動きのときなどに,より働くようです。

 

訓練方法

ストレッチ
ストレッチは筋肉をほぐすことが目的です。ゆっくりとかけて下さい。まず腹式呼吸で息を吸い,筋肉にテンションをかけながら息を吐くようにします。

床に座って脚を大きく開き左膝を曲げる。右手で右足の爪先を持つ。
左手で右の肘を持ち右に上半身を倒す。

→その逆を行う。

広背筋

大腿二頭筋

髀腹筋

両肘を同側の足首の前の床に付ける。足を開き両膝を曲げなるべく引き寄せる。

大内転筋

長内転筋

大臀筋

足を開き左膝を曲げる。左膝の外側に右足を膝をたてて置く。
左肘を右膝の外側に付ける。

→その逆を行う。

大臀筋

広背筋

足を直角に開き左膝を直角に後ろへ曲げる。左手で右足の爪先をさわる。

→その逆を行う。

僧帽筋

広背筋

大腿二頭筋

大腿四頭筋

髀腹筋

足を開き左膝を内側に曲げる。左の足底に右膝が付くようにして両足の足底が同じ方向に向けて右脚の膝も曲げる。左肘を頭の後ろで曲げて右肩の背面をさわる。
右手で左の肘を持ち右に上半身を倒す。

→その逆を行う。

広背筋

外腹斜筋

大腿四頭筋

正座をして両腕を下げたまま手の甲を床に付ける。両腕を後ろに滑らせながら背中
をそらせ顎を上げる。

大胸筋

腹直筋

大腿四頭筋

立って足を直角に開く。右膝は延ばしたまま左膝を曲げて体を沈ませる。左肘を
頭の後ろで曲げて右肩の背面をさわる。右手で左の肘を持ち右に上半身を倒す。

→その逆を行う。

僧帽筋

広背筋

大腿二頭筋

髀腹筋

立って足を直角に開く。両膝を直角に曲げて体を沈ませる。

→その逆を行う。

僧帽筋

広背筋

髀腹筋

長内転筋

大内転筋

トレーニング
筋肉トレーニングもストレッチと同じ様に,まず腹式呼吸で息を吸い,息を吐きながら筋肉に負荷をかけて行くようにして下さい。

大胸筋の緊張圧迫法

立位で両手親指の付け根を付け手掌を下に向け、

両肩を近づけ息を吐きながら手と床の間の空気を押す。大胸筋の正中近くの上位筋を発達させバストアップを目的とする。

肩ねじり        

右手人さし指の手の甲の付け根に左手の親指の先をあて、左手の他の4本指を右手小指外側に掛ける。

肘を延ばしたまま左手の親指で押して右腕をねじる。

→その逆を行う。

肩関節の周囲筋を整えて,次の腕立てでの事故を防止する。

腕立て

うつ伏せになり手をついて,足から背中にかけて真直ぐにしたまま,肘を曲げたり延ばしたりして体を上下させる。上腕筋の背面と大胸筋全体を発達させる。

指先を外に向けると大胸筋

指先を内に向けると広背筋と僧帽筋

ヒップアップ

腕立ての肘を延ばした状態で右脚を浮かし膝を曲げない様にして右踵を左肩に近ずける様にする。

→その逆を行う。

大臀筋

振袖予防法

四つの姿勢を取り右手を浮かして脇を絞め肘を固め肘を曲げた状態から延ばす。

→その逆を行う。

二の腕の弛みを防ぐ。

広背筋

肩延ばし

四つの姿勢から手掌を床に付ける。頭の下当たりで右を上にして重ね手の位置がづれ無い様にして腰を後ろに落とす。胸、肩にストレッチがかかる。

→その逆を行う。大胸筋 広背筋

背筋

体を延ばしたままうつ伏せになり肩を直角に開く。手先が上へ向くように肘を直角に曲げる。腕を固定して,背中を反らし上半身を浮かせる。浮かせた状態で上半身を左にねじり,戻して上半身を降ろす。

→その逆を行う。背中を奇麗な逆三角形にする。

広背筋

お腹引っ込め腹筋

仰向けで寝て足を軽く開き膝を立てる。手を頭の後ろで組み肘を閉じ無い様にして上半身を浮かし右脚を上にして膝を組む。上半身を固定したまま膝を胸に近づけ腿で腹を圧迫する。そのまま脚をそろえて延ばし床上5cm位で停止する。次ぎに脚を挙げ左脚を上にして膝を組む。同じように繰り返す。

腹直筋

腹直筋のストレッチ

手を着いてうつ伏せになり肘を延ばす。そのまま腰を落とし上半身を反らす。

大腿部内転筋

二人一組みになり,お互いに足底が向き合うようにして足を投げ出した状態で座る。一人が膝を延ばし踵を付けたまま爪先を出来るだけ開く。もう一人が相手の爪先の上に自分の踵を載せる。載せられた人が爪先を閉じるようにする。入れ替わって同じことをする。 立位と初動作を安定させ大腿のラインを奇麗にする。

大内転筋 長内転筋

横歩き

気を付けの姿勢で立ち,膝を延ばしたまま踵を付け爪先を直角に開く。右足の親指の付け根と左足の踵を軸にして踵をはなし爪先を付ける。次ぎに右足の踵と左足の親指の付け根を軸にして爪先をはなし踵を付ける。5回ほど行ったらその逆をする。ふくらはぎと大腿のラインを奇麗にする。

大内転筋 長内転筋

片腿ジャンプ

立ったまま左膝を直角に曲げ右脚は膝を曲げずに後ろへ引き腰を落とす。その姿勢で左脚だけで垂直に跳び脚を入れ替え逆にする。繰り返す。 ふくらはぎと大腿のラインを奇麗にする。

大腿四頭筋 大臀筋 大腿二頭筋

下半身挙上

仰向けで脚をそろえ,脇を開き肘を直角に曲げ手掌を床に付ける。ゆっくりと脚を直角に挙げ反動を付けずに腰を浮かす。そのまま下半身を左にねじりまたもとに戻す。ゆっくりと両脚を床に付ける。脚を入れ替え逆をして繰り返す。 体幹の脂肪をとる。

大胸筋 僧帽筋 広背筋 腹直筋 外腹斜筋

立位姿勢(自然な立ち方)のつくり方

頭のてっぺんを
つまみます。
別の方の腕の掌を軽く開いて,
胃の部分
(肋骨がハの字に開いているところ)
に充てます。
上からクレーンで吊されているような気持ちで,頭のつまんだ所を軽く持ち挙げます。
つまむ方の手は,気を付けをした時に,肩が下がっている方です。

すると,背筋が伸びていき,触れている部分がピタッと掌全体に最もくっ付くときがあります。

この姿勢のまま,腕を下に降ろしていくと,ニュートラルな立位姿勢になります。

この時点で出来るだけ全身の筋肉は弛緩していて,リラックスの状態です。では何故,姿勢保持のために筋肉トレーニングが必要かというと,力を入れるためではなく,実は抜くためなのです。筋トレによってある程度発達した筋肉を,支えとして使うわけです。

ニュートラルな立位姿勢とは横から見たときに,実は真直ぐではありません。
頚椎(首)は前に曲がり胸椎(背中)は後に腰椎(腰)はまた前に曲がっています。
この湾曲があるおかげで,動作時に脚が地面を蹴ることで発生する振動を,直接頭に伝えません。

  

持久力

持久力を医学的に考えると,酸素消費量や糖代謝,疲労物質の除去能力などが挙げられます。これらは恒常的な運動量の増加で,ある程度の実現は可能です。しかし自覚的に実行出来る内容として,動作を整理することで無駄な動きを減らして疲労を抑え,持久力を向上させます。持久力の向上は,演技の安定や集中力を持続させます。
その一つが,歩行方法です。
これは個人の持つ癖を消す,という点ではニュートラルな立位姿勢と同じ考え方です。(個人の持つ歩行癖)=(無駄な動作による疲労原因)と,考えます。
筋力を微妙に発揮させながら,この場合もある程度発達した筋肉を支えとして使うことが理想です。そのうえで,自覚的に筋肉を使って役の構築を目指します。
もう一つが,呼吸法です。
呼吸とは酸素を吸って疲労物質である炭酸ガスを吐き出すことですが,それ以外にも余分な体温を発散させたり,自律神経に作用してリラックス効果を促します。呼吸にも個人々々の癖があり,適切な呼吸法を覚えることで,心身のヒートアップを抑え,カロリー消費量を減らして心の平静を保つことが可能です。

 

歩行法

ニュートラルな立位姿勢から逆利き脚(気を付けの姿勢で前に倒れる様にした時に出なかったほうの脚)の膝を曲げず軽く前に挙げます。
そのまま後の脚を爪先立ちする様にすると体が前に移動し,前方の脚の踵が地面に着きます。
歩行中,前の脚が踵,後の脚が爪先で立っている状態に一瞬なります。この足の下に樽を縦切りにした側面があって,それを転がすような気持ちで,体を前方へと移動します。この時,体幹を少しだけ後に反らすと綺麗な移動姿勢が保てます。
そのまま前方に移動すると,ニュートラルな立位姿勢で片方の脚が,後に挙がった形になります。
これで半歩となり,後に挙がった形の脚を前に出し,繰り返せば歩行です。

呼吸法

この場合,腹式呼吸をいいます。
腹式呼吸は肋骨を広げないので横隔膜への緊張が少なく,発声のために理想的な呼吸法です。
ニュートラルな立位姿勢で鼻から息を吸い,お臍を中心にお腹を張り出させます。この時に肩が挙がらない事を注意して下さい。同時に腰の両側が張り出すと理想的です。腹直筋と外腹斜筋が重要です。
息を吐く時は口からで,吸う時の2倍位時間をかけて,上腹部からゆっくりと,お腹が引っ込んで行く様にします。上腹部から引っ込めることで,お腹が張り出した事による横隔膜への張力の影響を抑えられます。また吐く時間を長く取ることで,余分な体温を放出し,リラックス効果を促します。

発声法

発声には基本的に2種類あり,いわゆる喉声と腹声です。
喉声は肋骨内腔を広げる呼吸から出す声で,腹声はお腹を張り出す事で出せる声です。
普段の生活では喉声で会話をしています。喉声は細いため印象が柔らかくなります。
しかし言葉の明瞭さに欠けるため,舞台上では腹声が必要となります。ここでは闇雲に大きな声を出す方法ではなく,体を振動させることで声に大小や強弱を付けても不明瞭にならない発声法を紹介します。
まず,理想的な形として,
ニュートラルな立位姿勢から下腹に手を充て,腹式呼吸で息を吐く時に声を出します。声を出す時に口を軽く開き「アー」とも「ウー」ともつかない呻き声の様な音を出します。特に大きな声を出す必要はありません。上半身の脱力がうまく行っていれば唇が振動で痒くなります。 次に吸い込んだ息の半分くらいが吐けたところで,声を出したまま唇を軽く閉じます。「ムー」の様な音になり振動が全身に広がって心地良くなります。
お経の「なーむー」や賛美歌の「アーメーン」は,ここから来ているのだそうです。
しかし,慣れないとなかなかうまく出来ません。
そこで
脚を肩幅よりもやや多めに広げ,上半身を前に倒し,腕も垂れ下げた形で脱力して,この発声をします。始めはなるべく低い声がいいと思います。
体をゆっくり左右に揺らしてみると,振動で心地よくなることが多く,心地よくなったときのほうが,うまく発声が出来ている様です。
ただ揺らすときに不安定感を感じる場合は,上半身を前に倒さなくても構いません。立位状態の時は上半身をゆっくり旋回させます。
この時も,筋トレをある程度こなした方がうまく行く様です。
立つときに土台となる脚の筋肉や,声の出し方をコントロールするお腹の筋肉,姿勢を保持する背中の筋肉などが,安定感をつくります。
さて,声の振動が感じられる様になりましたら,
ニュートラルな立位姿勢に戻します。
その姿勢で,声の音を少しずつゆっくりと上げていきます。
少し上げたら振動が感じられる事を確認し,感じられたらまた少し上げます。
最終的には最も高い声まで上げて行くのですが,振動を一番強く感じた音の高さが,大小,強弱のコントロールしやすい高さです。
また,コントロールしやすい音域がいくつかあると,
表現の幅として生かすことが出来ると思います。
次に声に言葉を付けて練習します。
これは,発声練習の時によくある内容で構いません。ただし大きい声ではなく,うまくいく音の高さをキープしたまま小さな声でスタートします。そして振動が消えないように確認しながら徐々に大きな声へと移行させます。